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日付 2006/01/24 09:59
 
タイトル 何か大きなものの一部(羊)
 
カテゴリ
ヤフーの考古学
 

ヤフーの考古学・その9
(注)とくに断りのないかぎり、ヤフーとは米ヤフーのことです。

「2001年という年は、インターネットの歴史にとって大きな転換点となった。その年にどん底を経験し、その一方では広告媒体として定着し収益ベースに乗り始めた。そしてグーグルもこの年、あらゆる意味で成長への第一歩を力強く踏み出した」 - ジョン・バッテル「ザ・サーチ」(中谷和男訳)2005年初出

ジョンの指摘は大筋では正しい。2001年というのは、9・11を強調するためのちょっとした嘘だが。インターネットの歴史は2002年のどこかで大きく変わった。最初に気づいたのは、少なくともポータルのボスたちの中でこの変化に最初に気づいたのは、テリー・セメルである。彼は2001年10月のカンファレンス・コールでこの考えをはっきりと表明している。

「9・11テロが起きてわずか3時間も経たないうちに、ヤフーのトップページには米国赤十字、ニューヨーク消防局の9・11テロ災害救助基金、救世軍への3つのリンクが追加され、2週間で3000万ドル以上の寄付金を集めた。2001年10月10日のカンファレンスコールでセメルは、このとき私たちは何か大きなものの一部だと気づいたのですとブルックリン訛りのアクセントで語っている」 - カレン・エンジェル「なぜ、YAHOO!は最強のブランドなのか」(長野弘子訳)2002年初出

9・11の当日、ヤフー・ニュースのページビューは通常の40倍、ファイナンスビジョンのストリーミングには60倍のアクセスがあった(ヤフー)。その一方、9・11以降の数週間にグーグルをヒットしたトラフィック量は、以前とほとんど変わっていなかった。人々は、検索キーワードを「ブリトニー・スピアーズ」から「オサマ・ビンラディン」に変えただけであった(ファースト・マンデー)。2001年を通しての検索キーワード・トップ3は PS2、ブリトニー・スピアーズ、WWF(ヤフー) ノストラダムス、CNN、貿易センタービル(グーグル)。

セメルが予感したのは、インターネットの未来そのものだった。キーワード検索は確かに金のなる木には違いない。だがしかし、検索エンジンだけでは自らコンテンツを作り出すことはできない。インターネット、そこではコンテンツがすべてだ。シュミットはまだ気づいていなかった(はずだ)。

「グーグルは世界最大のデータセンターであり、世界で一番広い帯域幅を持っている。わたしのほうから尋ねたいんだが、それをどうしてほしいのだろうか。こうしたプラッとフォーム技術はどのような可能性を持っているのか。何を期待されているのか」 - ザ・サーチ(前掲)

CEO就任から2003年4月までのセメルの足跡は以下の通り。

株価 24%上昇 ユニークユーザー数 約11%増加 利用度の高い登録ユーザー数 33%増加 広告収入 27%上昇 収益の多角化 広告以外の収益が300%の伸び 企業買収 Inktomi HotJobs(オンライン求人サイト) Media Internetラジオのサービス開始 提携 British Telecom (ブロードバンド配信) SBC Communications (ブロードバンドマーケティング) Overture Services 新サービス 検索サービスのアップデート Yahoo Platinum ビデオサービス Launchcast Plus音楽配信サービス Yahoo Mailプラス - Sweet Semel of success

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投稿者 CMO
 
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