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日付 2008/10/30 17:16
 
タイトル ティファニーの50年、有楽町の51年(羊)
 
カテゴリ
ブランドとその周辺
 

トルーマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」が上梓されてから、今年で50年を迎える。オードリーが銀幕にさっそうと登場するのは小説のジャスト3年後。この映画は、本家のティファニーだけでなく、ドレスからコーヒーカップに至るまで幾多のあやかり商法を生み出したことでも特筆される。ご当地では「ティファニーで朝食を」ウォーキングツアーも定着している。次回は10月30日。朝食付きで18~21ドル。

羊はじめてのアメリカ視察では、劇中よろしく10ドルで買える最低価格のお土産品を求めてティファニー(サンフランシスコ店ではあったが)に強行突入を試みたし、2年前にはオードリーが着用した黒いドレス(下の写真)が80万7千ドルで落札されたことで、ジバンシーの売り上げが急増したというニュースも伝えられている。


カポーティの小説は、ニューヨーカーから「空っぽのノスタルジー」と酷評された。しかしながら、この物語は数多くのエピソードとともに今も生き続けている - Gotahmist 2008.10.29

ところで、ニューヨーク・ティファニーより1年早く、わが国の老舗ブランドが、ブランデッド・エンターテインメント(商品を提供する企業が映画やテレビ、ラジオなどを媒体として、ストーリーやテーマ音楽、世界観などの提供の中でコマーシャルを行うマーケティング手法)で大ヒットを飛ばした事例があるのだが、残念ながら今ではほとんど忘れさられようとしている。口惜しいので、紹介します。百貨店の「そごう」が東京進出にあたって仕掛けた「有楽町で逢いましょう」キャンペーン。以下は「二木紘三のうた物語」からの抜粋。

大阪に本社を置いていた「そごう」が東京に進出するに当たって目をつけたのが有楽町でした。
しかし、当時の有楽町は、ここ彼処に焼け跡闇市の名残があり、デパートが目指す高級感とはかけ離れた状態でした。そこで、同社の宣伝部を率いていた豊原英典が企画したのが、「有楽町高級化キャンペーン」です。彼は、アメリカ映画『ラスベガスで逢いましょう』にヒントを得て、「有楽町で逢いましょう」というキャッチフレーズを思いつきました。
さっそく彼は、開局後4年目を迎えたばかりの日本テレビに働きかけて、同社提供による歌謡番組『有楽町で逢いましょう』をスタートさせました。
ねらいはズバリ当たり、「有楽町で逢いましょう」は、たちまち流行語となりました。おかげで、同デパート開店の昭和32年5月25日には、雨にもかかわらず、約30万人が押しかけるという騒動になりました。この大成功を、マスコミが見逃すはずはありません。
まず平凡出版が芸能誌『平凡』に小説『有楽町で逢いましょう』(宮崎博史作)を連載、それを大映が京マチ子・菅原謙二・川口浩・野添ひとみのオールスター・キャストで映画化を企画、その主題歌としてビクターが、佐伯孝夫・吉田正に依頼して『有楽町で逢いましょう』を制作、そのすべてがヒットしました。
1企業のキャンペーンとしては、商業宣伝史上まれに見る大成功だったといってよいでしょう。
- 有楽町で逢いましょう(二木紘三のうた物語)

当時小3の羊などはフランク永井の「有楽町で逢いましょう」をラジオで聞いて、おしゃれな都会のイメージを膨らませていたわけだから、こりゃもう相当な影響力である。その「そごう」も、この大ヒットから50年ももたず倒産した。有楽町そごうは今どうなっているかというと、ビックカメラになっている(NikkeiBPnet)


読売会館・ビックカメラ有楽町店(旧有楽町そごう) 設計者:村野・森建築設計事務所、住所:東京都千代田区有楽町1-11-1、竣工:1957年、用途:店舗、施工:清水建設

ところで、さて、現代の買い物客は娯楽のためだけに百貨店に出かけたりはしない。欲しいものを買うために店に行く。ティファニーにはあるが、そごうにはそれがなかった。ブランドだけで集客できるわけではない。


 [関連サイト]

ブランデッド・エンターテインメントの短い歴史(羊)

越後屋のクロスメディア戦略(羊)


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投稿者 CMO
 
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