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日付 2010/06/14 12:32
 
タイトル 金鳥の夏、日本の夏(羊)
 
カテゴリ
ブランドとその周辺
 

日本のブランド:その6

看板商品を飾る鶏のマークは「金鳥」ブランドとして1910年に商標登録された。中国の歴史書「史記」の一節にある「鶏口となるも牛後となる勿 (なか)れ」が由来で「小さな会社でも品質や信用でトップでありたいとの決意が込められている」(上山久史専務)のだという。【和田憲二】
- ずーっと愛して:ロングセラー物語(毎日jp 2010.06.13)


金鳥の渦巻(防除用医薬部外品)
一世紀以上の伝統に裏付けられた確かな品質、人体に安全性の高いピレスロイド系殺虫成分で、約7時間安定した効果が得られます。10巻入、30巻入、30 巻缶入、50巻入がございます。=KINCHO

金鳥の歴史は、大日本除虫菊の創業者上山英一郎が慶応義塾の恩師福沢諭吉の紹介で知り合った米国の植物輸入会社社長H・E・アモア氏から当時日本になかった除虫菊の種子を譲り受けた1886年まで遡る。しかし、金鳥が不動のブランドに育つまでそれから半世紀を超える年月が必要だった。

第二次世界大戦で大半の工場が焼失。廃業寸前まで追い込まれたが、50年代に除虫菊の殺虫成分の構造を世界で初めて解明し、類似化合物の合成にも成功。化合物を含ませることで、100%天然由来の製品より効果を強くできるようになり、売り上げは急回復。68年から始めた「金鳥の夏、日本の夏」との テレビコマーシャルで知名度も上がり、70年代後半のピーク時には年間10億巻を売った。
- 毎日jp(前掲)


きんちょう金鳥かとりせんこう =日用品系れとろ看板

たかが蚊取り線香に「美空ひばり」である。頼んだ金鳥もすごいが、引き受けた美空もすごい。ナンバー1(かつオンリー1)の歌手を起用して成り立つコマーシャルは、ナンバー1(かつオンリー1)の商品しかあり得ない。1番とはもちろんその品質においてである。

ところで、この歴史に残るコマーシャルの歴史に残る名コピーを書いた小野京子は、何を隠そう羊の通った高校の大先輩であらせられる。同窓会のウェブサイトに彼女自身の解説がある。拝聴。

「金鳥の夏、日本の夏」
当時、女性のコピーライターなんてものすごく少なかったです。宣伝技術局にはデザイナーとカメラマンとコピーライターがいるんですけども、全部で100人 ぐらいの所帯の中で女性が4、5人。だけど、電通という会社は男女みんな同じように扱ってくれましたけどね。
回りを見ましたら、みんな大卒ですよ、当然。みんな慶応とか早稲田とかの大学を出てはる。京大、阪大というのはあんまりいなかったけど(笑)。今は知りま せんよ。
私だけぐらいじゃないかな、高卒は。だから給料面とかで、職階制では遅いじゃないですか。今まで私のアシスタントについていた人が、ある日突然上に上がる とかね。そんなんはありましたよ。そういう悔しさはありましたけどね。だけど「どこ出た?」って聞かれて「北野高校」って答えたら、みんな「ええっ!」っ て驚くの。下手な大学の名前言うよりはずっと効果がありましたね(笑)。「北野出いうたら秀才ばっかりの筈やのに、こんなミーハーも居るんか」って。ミー ハーでスミマセン(笑)。とにかく北野出ててよかった。それはもう、ほんとに北野には感謝しますよ。
男女の差別はないし、実力の世界ですからね。こういうクリエイティブの世界って。だから、電通入っていろんな仕事もやらせてもらいました。ハウス食品さん を一番長く担当したんかな。「今夜はあったかいシチューです」というので新聞、テレビ、ラジオ、雑誌…全部総合のキャンペーン張りましてね。それで総合電 通賞を取りました。
それから一番思い出深いのは…今でもオンエアーしている「金鳥の夏、日本の夏」。美空ひばりさんを一番最初に使ったCMです。みんな「美空ひばりがコマー シャルなんか出えへんやろ」という頭があったんですけど、営業の方が「とにかくかけ合ってみる」ということで、交渉したらOKになってね。
その頃、私らの宣伝技術局とラテ(ラジオ・テレビ)企画制作局いうのが統合してクリエイティブ局という名称に変わったんです。だから、一つの仕事を担当し ても総合的にキャンペーンを張る場合は、テレビのコピーも新聞のコピーも全部考えなあかん。で、金鳥さんの時は、テレビ担当の人に「最後、何か『止め』の ええフレーズが欲しいねん」と言われて。みんな会議室でね、スポンサーも来てはったんですよ。「何がええやろな」言うて…それで私が、まあ、いろんなのを 言いましたけど、その中で「『金鳥の夏、日本の夏』なんてどうです」言うたら「それ、よろしいな」いうことになって(笑)。
タレントは代々変わってるけど、そのコピーはいまだに何十年も続いてますよね。会心の自信作のひとつ。だけど、その時は私、部屋へ引き上げてから、ものす ごく上司に怒られてね。「コピーライターは原稿用紙に書いてナンボなんや。口でパーンと言うてしまうもんあるか!」って(笑)。
私らの仕事…記名式やないからね。「あれは自分が作ったんや」言うてる御仁もいるみたいですけど(笑)。周りの同僚とか、知ってる人はみんな知ってますけどね。
- われら六稜人【第40回】思えばコピーライターの走り =六稜WEB


小野京子【おの・きょうこ】六稜65期。コピーライター。旧国鉄が誇る「特急つばめ号」の女子乗務員“つばめガール”からコピーライターへと転身。数々の ヒットを飛ばし、働く女性の先陣を切ってきた。=六稜WEB(写真も)

日本のブランド(羊)シリーズ
その5:「六 甲のおいしい水」とカレーライス
その4:大丸のお客様第一主義
その3:1粒300メートル
その2:越後屋のクロスメディア戦略
その1:山高印


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投稿者 CMO
 
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